2017年7月
            1
2 3 4 5 6 7 8
9 10 11 12 13 14 15
16 17 18 19 20 21 22
23 24 25 26 27 28 29
30 31          
フォト

Access解析


  • アクセスランキング

  • アクセス解析


ブログリンク

無料ブログはココログ

シニアのためのパソコン教室

BlogParts





書籍紹介

« 今日は何の日だったの?06.13 | トップページ | あなたは人生最後に何を飲みたいですか? »

2006.06.14

最後の足掻きか

 新聞特殊指定については最後の足掻きのような気がする。
 新聞協会談話として『新聞界の主張や国会議員、国民の意見を適切に判断したものと受け止める』と日本新聞協会会長が談話を発表しましたが、国民の意見とは一体、いつ、どこで、誰が、どのようにして とりまとめたのだろうか。
 小学生の問答みたいですけれどね。
 公取委員長の意見に対して、世論は盛り上がらなかった なんて勝手な解釈もしているのです。
 世論が盛り上がらなかったと言うことは、新聞社自身が世論を盛り上がらないように国民の知る権利をうまい具合に制御していたからでしょう?

 このような公平性を欠いた国民の知る権利を振りかざすようでは、新聞協会も地に落ちたと言っても過言ではないのかもしれない。
 守りに入ったとき、その業界は衰退の一途をたどっているからね。

 新聞特殊指定は風前のともしびではないだろうかと感じた。
 なぜならば活字文化を守ることと、価格規制は全くの別物なのにもかかわらず、新聞界と国会議員が屁理屈を並べて同じ土俵で闘わせていたとしか思えない。
 納得できる理由が全くない、それを承知で圧力をかけたことにすぎない。
  
 国民の知る権利や活字文化の重要性はよくわかるのですが、今や新聞界で言っていることは、自分たちの主張をする権利を国民の知る権利として紙面を利用しているに過ぎない。
 
 一体、新聞協会や国会議員は新聞の特殊指定を堅持しようとしたのはどのような理由からなのだろうか。
 公平な立場であれば、なぜ、新聞特殊指定は必要なのか納得のいくように説明をして欲しい。
  不透明さを感じた『廃止見合わせ』という結論でした。

 高齢者にもInternetの普及が行き渡るようになれば、新聞購読もPDFで紙面全部が読めるようになるかもしれませんね。
 まあ、そうなると新聞販売店も折り込みチラシ集配所になるか、折り込みチラシもPDF化したときに、風前のともしびとなるかも。
  紙の利点もあるので、すぐにはなくならないにしても、加速度的にネットにシフトされるでしょう。

  どうも、印刷物が活字文化で、Internetによるメッセージはこれは活字文化ではないのだろうか。プリントアウトすると活字文化?なんてね。

 活字文化という概念が くずれだしている用に感じる今日、新聞の今後はどうなるのか、新聞協会の方は教えて欲しいですね。
 そのとき、新聞特殊指定についての答えが出るような気がする。
 
  まあ、すべてを知ってて、最後の悪あがきをしたのですね。
 こういう時に議員さんと何か取引をしたのではないかと思ってしまいます。

幸運の招き猫くまさんことくまボンでした!
Movable Type公式サイト

« 今日は何の日だったの?06.13 | トップページ | あなたは人生最後に何を飲みたいですか? »

コメント

2,3年前、アメリカでの交通事故の裁判の話しで、ヴェライゾンというアメリカで一、二を争う大きな電話会社の社用車を社員が運転していたとき、女子高生が道を渡ろうとしていたので、その手前で止まって、女子高生に道を渡らせようと手を振って合図を送った。女子高生が道を渡っていたら、後ろから走ってきた乗用車が、ヴェライゾンの車を追い越して、その女子高生を跳ねてしまった。その事故の裁判で、事故の賠償金として、乗用車には保険の限度額いっぱいの額で、そのヴェライゾンの車には何億か、何十億という支払いの命令が下りた。理由としてその事故の原因となったのは、そのヴェライゾンの車が、女子高生を渡らせたからと言う事だった。普通に考えればこんな事はありえない話しで、事故を起こしていないヴェライゾンの車が、何億も払わなければいけないなんて、信じられない。でもこれには分けがあって、実はその跳ねられた女子高生は一生寝たきりで、これから先、莫大な医療費がかかる。事故を起こした個人では絶対に払える額ではなく、これを支払えるのは、大企業のヴェライゾンしかいないということで、莫大な賠償金の支払いがこじつけのような理由でヴェライゾンに課せられた。アメリカでは、大企業や、権力をもった人間や有名人は、社会的な責任が非常に重く、そういった義務も負わなければいけない。裁判も日本のように、機械的に処理されるのではなく、正義とは何かどうしたら一番いいかとか、どのような判決をしたら世の中がよくなるかという事が、一つ一つの裁判で考えられている。アメリカは、失敗も多いけどそれを二度と起こらないようにすぐに対策がすぐに立てられるので、国がよくなっているということが肌で感じられることが多い。一方日本は、何か事件事故が起こってもマスコミが感情的に騒ぐだけで、同じことをずーと繰り返し、まったく進歩を感じません。新聞の特殊指定とは関係ありませんが、何が国民にとっていいかについての話でした。

こんばんは~くまさん

新聞特殊指定という言葉も知りませんでした。
新聞業界は、今は本当に大変ですね。
活字離れが進む中、生きる残る事自体難しい状況にあります。
知る権利や、報道の使命、色々ありますが新聞の未来はあるのでしょうかね。
このまま行くと経営が成り立たないような気がする。

この記事へのコメントは終了しました。

トラックバック

この記事のトラックバックURL:
http://app.cocolog-nifty.com/t/trackback/61851/10519369

この記事へのトラックバック一覧です: 最後の足掻きか:

« 今日は何の日だったの?06.13 | トップページ | あなたは人生最後に何を飲みたいですか? »