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2010.05.13

記者たちは批判を恐れて同じ記事しか書けないのか?!

 たまに読ませて貰うのだが、田原総一朗氏の政財界「ここだけの話」(BPnet)の『「愚直に徹する」、それが鳩山首相の流儀』を読んで、やはりそうかと思ってしまった。
http://www.nikkeibp.co.jp/article/column/20100507/224690/?P=1
 人間誰しも自分の流儀なり、しきたりの範疇を超えてしまうと理解できなくなってしまうと言うか、なかなか理解しようとしない。
 ブログでも良くあることだが、まあ、日本人の最近の強い傾向なのだが、相手を慮る心、相手の気持ちを斟酌することがどうも苦手になってしまった感じがしてしようがない。
 その典型が、民主党の鳩山首相なのだろう。田原総一朗氏によれば、過去の自民党政権や首相とは違い、そもそも鳩山首相は政治家ではないということだ。
 次に、今のマスコミの記者たちが、同じ記事しか書けないのは「新聞やテレビの記者は批判を恐れて同じ記事しか書けない」ということにつきるのだろう。
 政治ではない鳩山首相の愚直なやり方が、過去の自民党政権下の裏工作や御身つりに事を運ぶやり方からすれば、批判は当然出てくる。
 自分の理解の範疇を超えてしまうから、要するにワシントンポストでも「Loopy」という言葉が使われているのだ。
 いわずもがな、直訳の「愚か」という意味ではなく、『現実離れしていて物事のとらえ方がずれていて、焦点が定まっていない、変なヤツ』ということだ。
 つまり、今の過去60年間の自民党政権下の議員や政治家たちのやり方と全く違うものだから、理解を超えているために、このような言葉を使ってしまうしかない。

 そして記者たちと言えば、過去の政治家という先入観を以て接するものだから理解ができないと言うことに他ならない。まさに彼らにしてみれば、「宇宙人」的な存在と言うことになる。
 誰しも、全く自分の尺度に合わない人にあったときには理解の度を超えてしまって、訳がわからなくなると同じことだ。
 しかし、記者たちが近視眼的で本質を見抜けないというのもプロではない。
 あえて本質を見ることをしていないのだとすれば、彼らはまさに批判を恐れているとしか思えない。
 批判をお競れているから、殿マスコミの報道の仕方を見ても金太郎飴の切り口と変わらないということだ。
 悲しいマスコミ、こんな報道ばかり続けていればいるほど、日本人は他人と7地物でしゃくで安心感を見いだすことしかできなくなってしまう。
 人の顔が異なっているように考え方も同じ人なんているわけがないのに、同調させようとするし、同調しようとしてしまう。勝手に、シンクロしないと落ち着かない民族と言えよう。
 そして、他の人と違うとなれば、受け入れることができずに、批判という形になってしまう。批判は決して悪いことではないが、どこかどう違うのかを考えるべきだ。自分の答えが人生のなかで正しいと思うことは間違いではないが、人それぞれに正解はたくさんあってしかるべきだ。
 だが、マスコミの記者たちも、同じ内容のものしかかけないこの哀れさと言うことになる。
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 私は何人かのベテラン記者に聞いてみたが、彼らは「田原さんの言う通りだ」と答えた。ある新聞のベテラン記者はこう述べた。「メディアがこうした間違いを犯すのは、実は二つ理由があるんです」と言い、次のように語った。
一つは、記者たちは自民党時代の交渉の仕方が交渉だと思っている。愚直にすべてをオープンにするのは交渉ではない。頭からそう思っているから、鳩山さんが何をしているのか、さっぱりわからない。それで一方的に鳩山批判をする。

 もう一つは、記者たちは大型連休を棒に振って沖縄に取材に行った。だから、自分の書いた記事を大きく扱ってほしい。それも大きな見出しで。そうなると、もう批判するしかない。「遅過ぎる」「愚策だ」と。
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 批判しなければ、記事にならないことの体質ということを念頭に置いておくべきだ。
支持率調査でも、鳩山首相の支持率が下がるからニュースにし、ニュースになる。
 だからこそ、執拗までに頻繁に世論調査をやり続けるということだ。
 逆に言えば、マスコミが「肯定的」な記事を載せようとしても、全く掲載されないと言うこと。
 国民層おしなべて批評家になってしまう意味がわかるような気がするが、マスコミの意義は多角的な面から取材して、さまざまな情報を国民に伝えることだ。
 しかし、いつまで経っても、評論家、批評家のたぐいで批判記事しか書けないのでは、国民総批判家となってしまう。まあ、批判の仕方ばかりすり込まれてしまう地に感化されやすい人間がモンスターとなってしまった。

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だが、それを言えば孤立してしまう。批判される。それが怖い。新聞やテレビの記者たちはみんなの見る方向で同じ記事しか書けないのである。
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 国民の最大公約数の答えがこれだと思いこんで記者たちが記事を書いているということをよく考えてから文章なり報道を聞くことが一番だ。

 本当に日本人は同じ考えではないと異端児扱いしてしまうこと偏狭さには困ったものだ。この国の独創性のなさや、突飛な起業家が出ない下地はこんなところにあるのだろう。
 
 もっと、いろいろな情報が欲しいのだが、マスコミではやはりもう限界と言うことかもしれない。ネットの方が面白いのは様々な意見が聞けるからだろうか。

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