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2011.04.08

ターミナルケアに臨んで

 父親と癌との生活は僕が呼ばれてから4年近く。癌とわかったときにはすでに、かなり進行していて、骨シンチグラフィーで見たときはほとんどの骨が真っ黒だった。
 昨年の年末年始までは、割合と元気で足や腰が痛いと行っては自転車に乗って、整形外科まで通っていた。
 だが、整形外科に行っているときには骨シンチの結果は話していない。
 湿布薬をもらってきては、痛いところに貼っていた。

 僕には、原因が違うところにあるとわかっていたのだが、見て見ぬふり。

 ところが今年になって、猛烈な痛みが伴うようになり、日々寝込むようになった。

 2月になると痛み止めでは、効かなくなり、3月18日にペインコントロールで入院。
 実はもう少し早く入院させたかったのだが、3月11日の東日本大震災で病院も被害を受け、この日になってしまった。

 入院して、数週間たち、ペインコントロールがだいぶ効いてきた。

 一安心していたのもつかの間、4月5日(月)に母が見舞いに行くと、上半身を何度も起こして、家に帰りたいと強行に迫ったそうだ。母から帰宅後、僕にどうしたらいいか相談をされたのだが、薬の副作用で不穏な行動をしているのだろうし、食事は食べられず、もう点滴しか受け付けなかったため、家に帰ってきても対応ができないから、もう少し病院にいてもらったら方がいいと結論づけた。

 しかし、虫の知らせではないが、どうしても気になったので、夕方、病院に電話をしてみた。
 
  病院の看護師長との電話の中で、病院側も死期が近いといい、死期が近いということを本人は本能でわかっていて帰りたいと言っているとの話だった。

  それでは迎えに行きますと、すぐに母親を連れて、病院に行き主治医の話を聞き、その後、ターミナルケアにたいする家族の対応の話を聞いた。

 まさか、ターミナルケアをすることになるとは思いませんでしたが、自分の慣れ親しんだ家で、最期に臨むと言うことは一番いいことかもしれません。

 あと何日、家で過ごすことができるのだろうか。

追伸:父は4月9日土曜日 午前3時1分になくなりました。

 

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